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(14)メルマガ創刊 〜畑岡宏光の起業日記〜

話はやや前後するが・・・

インフォストアの立ち上げ準備で忙しくなりつつ
あった、

2004年7月19日

に、メールマガジン

『副業で年収7倍!

私が31歳でセミリタイアした方法!』

を創刊した。

創刊前は

「なんとなく、マーケティングしたいな」

というぐらいの簡単な気持ちだったが、この
メルマガが、インフォストアと共に、情報起業
業界を大きくする原動力になった。

簡単な気持ち・・・

とは言っても

「やるからには徹底的に」

やりたいし、ヒネリも入れていきたい。

そこで当時考えたのは

(1)新刊メルマガランキングで1位を取る

(2)他の人が実践していない企画を取り入れる

というものだった。

(1)は、仲間にリストを集めるサービスを紹介
してもらった。

(2)は、コンサルティングの実況中継を紙面で
行うというもの。

当初としてはこの2つぐらいしか考えていなかった
ものの・・・

メルマガ発行をし始めると、まさに「信じられない」
世界が広がってきた。

 

(13)情報販売の光と影〜畑岡宏光の起業日記〜

何事にも光と影がある。

2004年12月14日は、情報起業業界の

「ビッグバン」

とも言える日。

個人レベルの起業家でも、コンテンツ販売で1日に
数千万円を売り上げられるという事実。

この事実がもたらした光と影は・・・

【光】

・コンテンツがお金を生むということを広く
世に知らしめた。

・個人起業家でも、ネットを使いコンテンツを
販売することで、大きな利益を手にできる
という可能性を実績を持って世に示した。

・アフィリエイターとの連携で、爆発的な売り上げ
と利益が生まれることが分かった。

・メールマガジンを起点とした情報販売の方法と
アフィリエイトの方法が確立された。

【影】

・情報弱者である人を相手に、煽り売りをする
ことで、「情報を必要としていない人」も、
情報を買ってしまう可能性が出てきた。

・アフィリエイト報酬目当ての過剰な販売方法が
出てきた。

今でこそ落ち着いてはきているが、大きなお金が
動く世界だから・・・

欲望が渦巻くドロドロとした部分も当然出てきて
いた。

しかし・・・

インターネットビジネスが個人に大きな力を
もたらすことも実証できたわけで。

どんなことにも当然、光と影があるということが
体感できたのだった。

(12)メルマガ起点の光 〜 畑岡宏光の起業日記

2004年12月14日。

情報起業業界に大きな出来事が起こった。

1日で1000万円の売上を達成するという、
事例が生まれた。

今でこそ当たり前になっているが、これだけの
爆発的な売上が上がったのは・・・

(1)有力アフィリエイターが付いていた

(2)値上げ直前であった

ということ。

ノウハウの販売者は、業界で人とのつながりを
広くもっており、ノウハウの値上げ直前に
有力起業家やアフィリエイターがこぞって
メルマガで宣伝。

僕も、一晩で70万円以上のアフィリエイト
報酬を得ることができた。

このイベントには光と影の2つの側面があった。

 

(11)厳しい船出 〜 畑岡宏光の起業日記

2004年11月1日、インフォストアが無事に
オープンした。

とはいっても・・・

当時は、ヤフオクで、怪しい情報がやり取りされて
いる程度の市場。

コンテンツ販売をしている人も数名だし、情報販売の
アフィリエイターがいるわけでもない。

こういう

・どうしていいかわからないとき

・前例がない事業を立ち上げるとき

は、ただただ、その時にできるとことをするしか
ない。

当時のメルマガ仲間や、メルマガで知り合った
人々に地道に営業をしていった。

前例がないし、新しい業界を作るという試みだが、
手応えがないわけではなかった。

コンテンツ販売をしたい!

ネットで効率よく稼ぎたい!

という思いは、起業家の「水面下の欲望」として
確実に存在した。

インフォストアの説明をすると

「それ、使わないとバカだよね」

と言ってくれる先輩起業家もいた。

そして1ヶ月が経過して・・・

初月の売上高の報告があった。

19,000円 ・・・

開発に、たくさんの費用をかけた仕組みは、
そして、時代の最先端を走っているはずの
ASPは、あまりにも少ない売上でスタート
した。

営業利益は1,900円程度。

今で言うと、小学生のお小遣い程度か。

今でこそ、年間、数百億円レベルの規模になって
いる業界も、黎明期にはこれぐらいの規模しか
なかった。

「最悪、軌道に乗らないかもしれない・・・」

当時はそう思いつつも、営業を続けた。(つづく)

(10)上場企業との契約困難 〜 畑岡宏光の起業日記

日本で、コンテンツ販売のASPを初めて作る。

チャレンジングなプロジェクトだったが、壁は
多い。

(1)胡散臭い個人起業家と上場企業のタイアップ

(2)日本初で前例がなく、営業方法が分からない

(3)もちろん、売上・利益の予測がつかない

まずは、プロジェクトが本格的に始まる前に、壁が
立ちはだかった。

つまり、あまり実績のない個人起業家1名と、上場
企業のタイアップビジネスというのが最初の壁。

大企業には大企業なりのビジネスのやり方・作法が
ある。

そして、それは個人の僕には受け入れられないもの
であることも多い。

上場企業と実績のない個人起業家のビジネス契約。

結論を言うと、双方の弁護士を入れて、契約締結まで
2ヶ月弱の期間を要した。

「ビジネスを、素早く進めて稼ぎたい」

これは、双方同じ気持だが・・・

「得体の知れない個人起業家相手で大丈夫か?」

という、あちらの思いと、

「規模は大きいが、融通が利かな過ぎ!」

という、こちらの思いがあって、”妥協点”を
見出すのに時間がかかった。

システム開発やインフラ提供は全て先方の役割。

営業・企画については全て僕の役割。

そして利益は折半。

文字で書けばこの3行で収まるが、この契約をする
のに50日ほどかかった。

(つづく)

(9)インフォストア 〜 畑岡宏光の起業日記

オークションでのコンテンツ販売を続けるも、
徐々に「場」が荒れてきた。

黎明期で基本、「やりたい放題」な市場だった
から、普通のコンテンツは売れなくなってきた。

オークションからホームページへ。

そういう流れが必要だな・・・と考えながら、
当時、関心のあった

「アメリカでのコンテンツ販売」

の、セミナーに出席をした。

転機は

【人との出会い】

が、もたらしてくれる。

このセミナーで名刺交換をしたのが、Eストアーの
社長さんだった。

彼も、車・船が好きだということで、意気投合。

日本で初めてとなる、

「コンテンツ販売のASPをつくろう!」

という話になった。

これが、インフォストアが生まれた瞬間。

2004年2月6日のことだった。(つづく)

(8)コンテンツ販売加速 〜 畑岡宏光の起業日記

レアなブランドものを手に入れる方法は、
4万円の価格を付けるまでになった。

そして9月には僕の手取り給料よりも多い
利益を出した。

10月の売上〜利益はさらに多くなったが・・・

11月からはこれが減少に転じた。

「ここで、終わるわけにはいかない・・」

さらに貪欲に売上と利益を追求するために、
今まで僕がオークションで経験したことを
冊子にまとめてみた。

・オークションを使って家計をラクにする方法

・オークションを使って給料以上に稼ぐ方法

この2つのコンテンツを、複数のカテゴリに
出品。

さらに、ヒネリを入れて

「書籍」+「書籍を読んで稼いだ実践記」

という形態でも情報を販売。

今から振り返ると、稚拙な手法〜内容だった
けれど・・・

当時としては最先端のビジネス手法であり、
利益もさらに膨らんでいった。

もちろん、反省点も多い。

この黎明期の時期に「徹底的に」ビジネスを
極めなかったこと。

そして、販売を安定させる仕組みを作らなかった
こと。

これは、未だに悔やんでいることであり、同時に
いつも僕について回っている問題でもある。

(つづく)

(7)コンテンツ販売の夜明け 〜 畑岡宏光の起業日記

出品はしたものの、「モノ」ではないため、
商品写真がない。

そこで、PDFファイルの表紙を画面コピーして
商品写真とした。

ブランドバッグの写真が並ぶ中で、1つだけPDFの
表紙が、妙に目立つ。

果たして落札されるのか?

データだから数量は「無限」にあるものの、
稀少価値?を出すために、数量は「5個」とした。

多くの方に見ていただけるよう、出品期間は7日。
(当時は10日だったかな?)

そして・・・

2002年8月3日 23時29分

数回の自動延長の後に、5冊とも無事に落札された。

落札金額は、当初の予測を大きく超えて・・・

1冊が2万円。

この1回の出品で、手取り給料の半分を手にした。

成功体験が得られると、

【不安】 は 【確信】 に変わる。

次の出品に備え、情報の内容をブラッシュアップ。

そして、オークションの説明文も、もっと興味を
持って見ていただけるように何度も書きなおした。

思えばこの時に、コンテンツ販売のセースルレター
を書く「基礎練習」をしていたのだと思う。

出品はさらに加速していった。(つづく)

(6)オークションの次 〜 畑岡宏光の起業日記

さらに仕入れに熱中し、ヨーロッパでセールが
行われる時期(1月と7月)には必ず渡航。

会社の有給休暇をフルに活用して、年に2回、
1回につき5日程、仕入れ旅行に行っていた。

当然、ブランドブームに乗って、他の出品者も
大量に、ブランド品を出品してくる。

当然なら、他の出品者と「差別化」するために
ヒネリを入れることも必要。

そこで、セール品に「ヨーロッパセール情報」という
冊子をつけるようにしてみた。

今で言うなら、クロスセルという感じか?

結果・・・

9000円ほどで買った手袋が4万円に。

25000円で買ったバッグは6万円に。

冊子をつけただけでなく、文面の工夫や、その
文章の装飾にも工夫を凝らし・・・

自分の「しかけ」が落札金額に反映されるのを見て
手応えを感じ、

【商売って楽しい!】

と実感できるようになった。

さて・・・

ブランド品もブームが加熱してくると、仕入れも
難しくなってくる。

さらに一工夫が欲しい。

そこで、僕は思い切った行動(今からみれば小さな
ことだが)に出た。

情報を単体で出品しようと考えた。

当時は、オークションで情報・ノウハウという
「無形」のものを販売していた人はいなかった。

そういう中、果たしてコンテンツが売れるだろうか?

そもそも、そういう「行為」が許されるのだろうか?

この2つの不安がつきまとった。

前例のない出品形態であり、何が起こるか分からない。

ただ・・・

迷っていても、まさに「何も始まらない」。

2002年8月、「レアなブランド品を買う秘訣」
というノウハウをオークションに出品した。(つづく)

(5)有料の仕入れに進化 〜 畑岡宏光の起業日記

家の中に売るものがなければ、それで終わり・・・

とはならなかった。

「出品したものに値段がつく」

という単純なことが楽しくなり、ついには
仕入れをするようになった。

初期に販売したものは本当に「小さな」もの。
※当時はお金に余裕がなかったし

・住宅展示場でもらえるマスコット人形

・靴を買ったときにおまけでもらえるバッグ

・コンビニでもらえる景品類

こういうものを手に入れたら、すぐにオークショに
出品するようになった。

無料で頂いたバックが5000円ほどで売れた
こともあり、こうなってくると、さらにヒートして
深みに?ハマっていった。

無料でもらえるものから、有料の仕入れに進化
しわたけだ。

・・・・・

当時は、ブランドブームの黎明期。

まずは、フランスの高級ブランドのレアな商品を
仕入れて売ってみた。

4万円で買ったものが5万円で落札されたりする。

手取り給与が20万円なかった僕に取ってこれは
大きかった。

さらに高級なレア商品を仕入れるようになり・・・

最盛期は10万円で仕入れたバックがその倍額
以上で落札されるようにまでなった。

2000年6月に初めて出品してから2年ほどで、
高級ブランドバッグでそれなりの利益を出せる
ようになってきた。(つづく)